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にょきにょきむぅにんです。・∀・)ノ゛
今回の日記、めっちゃくちゃ長いので興味ある方だけ
『more』をどうぞ。


家庭科の時間、ある手記を読んだ。
それは、数年前14歳で亡くなった少女の闘病生活を
彼女の母親が後年綴ったものだった。



彼女は将来を有望視される、水泳の選手だった。
そんな彼女を突然襲った病。『骨肉腫』。
最初は信じられなかった現実が、彼女の病状が進むたびに次第に真実味を帯びてくる。
家族に詳しい病名を知らされなかった彼女も、
その事実を隠す家族の不自然さと悪化していく自らの病状で訝しく思うようになる。



治療…抗がん剤の副作用の生々しさが強烈に印象に残った。
最近ドラマでノンフィクションの病気モノが
取り上げられることが多いが いくら実際にあったこととはいえ、全てを映像表現化し、放送するには限界がある。
あまりにも生々しく残酷だから。
そういうフィルター無しに副作用の様子を読み進めていくうちに、病魔と闘うということの絶望的な苦しみが心に突き刺さってきた。
髪が抜ける、というのはドラマでもある程度映像化されてきたがそれ以上に、痛々しく息が詰まりそうな副作用の数々。
治るための薬なのに、違うところで体が悲痛な叫びをあげる。
彼女はそれと闘い続けた。笑顔を忘れまいと。



「いくら辛い治療でも、治ると思ったから頑張ったのに、
ひとつも良くならない。」
悪化するにつれて吐くようになる弱音、暴言。
死ぬという恐怖に駆られた絶対的な闇からの行動。
そして、告知を受け、彼女は時間をかけてそれを
ゆっくりと包み込むように受け入れた。

浮き沈みを繰り返すが、いよいよ最期のときが近づく。
「先生どうして私の病気治してくれないの?!」
3回繰り返して、訴えるように。
でもきっとこれは先生に言ったのではないと思う。
病に、自らに、運命に、放った最後の不満の言葉だ。

そして、幾つかの言葉のもうひとつはたくさんの感謝とありがとう。



私も数年前、大切な友達を亡くした。
その子は発作の持病による事故死で、残酷な死に方をした。

「うちね、もしかしたら普通のクラス入れないかもしれないんだって。」
中学に上がる前の小6の秋、その友達が言った言葉。
普通のクラスに入れない…つまり、障害のある子が入る特別学級に入れられるかもしれないということだ。
「どうして?今、普通のクラスで何の問題もなく生活できてるじゃん…。」
そう尋ねると、
「さぁ。でも、そうかもしれないんだって。」
軽く笑って答えた。

あの子は常に笑顔を忘れなかった。
にっこにっこ、いつでも笑っていた。
自らの重い病など感じさせない、青空のような笑顔だった。
ワガママで気分やで、人を翻弄するような子だったけれど
その笑顔と人懐っこさのせいか、憎めなかった。
むしろ、この世とは不釣合いなくらい清らかな天使のような子だった。
冬に近づいている晩秋の日に、
北風にさらわれるように去っていってしまった。



残された人に永遠に刻み込まれた傷は、
確かに彼女たちが存在した証拠なのだと思う。
それならば、彼女たちが生きた意味が、死んだ意味が、
すべてすべてあってほしいと 願うばかりだ。


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2007.03.15 


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